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千羽鶴や折り鶴は西日本豪雨の被災地で迷惑?解決策と支援物資を送ってしまう理由も

西日本を中心とする大雨の被害について、政府は復旧事業に特別な助成が必要な「激甚災害」に指定する方針を固めたことが明らかとなりましたが、今回はその甚大な災害時における折り鶴について迫ってみたいと思います。

折り鶴は迷惑?

Twitter上に投稿されたツイートに注目が集まっています。

【大雨の被害を受けていない方へ】

折り鶴を贈るのはやめてください。場所も取る上重く、モノがモノですから捨てづらい、食べ物でもなければ売ってお金にできるものでもない。完全に作る側の自己満足でしかありません。折り鶴を作る費用を募金してください。お願いします。東日本大震災経験者より。

しかし、このツイートには波紋が広がっているのです。

以下のようなツイートでは、この流れが面白いと面白おかしく当該ツイートとリプライについて言及しているのですが、以下のような流れがあるとのとです。

「折り鶴はいらん、カネよこせってのもあんたの自己満足でしかないな。その折り鶴で元気付けられる人だっているだろ。あんたの考え方としてなら受け入れるが、周りの人間がみんなそう思っているような言い方をするのはねえ…。被害妄想もはなはだしいね。いろんな人に謝りな」

折り鶴を送ることよりも現金や現物支給をしてくれる人の方を優先させて欲しいという東日本大震災を経験した被災者の意見と、そうは言っても善意であるが、民意ではないという主張をする人もいらっしゃいます。

過去にも同様の被害が

過去にも、東日本大震災の時や熊本地震など甚大な災害の際には、支援物資と共に折り鶴や千羽鶴を送るのが風習となっているのですが、それすらもいらないという声が多くよせられているのです。

JCASTニュースが以下のような記事を公開しています。

そうした中で、被災地が「ありがた迷惑なモノ」とされた「千羽鶴」が、インターネットで再び注目されている。被災地の「千羽鶴はいらない」との声に激怒する人たちが、声をあげたことがきっかけのようだ。

「被災者がホントにそう思っているんだとしたら、完全に腐ってる!」

「善意を踏みにじるのかよ。その人の気持ちを考えろ!」

「ちょっと傲慢じゃない? これじゃあ支援する気すらなくなるよ」

「確かに実用的でないけど、そこには善意や思いがあるんじゃないのかよ。助けてもらっといて、随分と薄情だね」

といった具合だ。

だが、「千羽鶴はいらない」の声に賛同する人も多く、

「なんで千羽鶴なのか意味不明。一番いいのは、寄付金だと思う」

「ただ送ればいいってもんじゃない。千羽鶴じゃなくても、ダンボールに適当に詰め込めば不用品も出てくるだろう。いちいち仕分けしなければならないことを考えれば、個人があわてて物を送る必要はない」

「この人たちが、災害で住まいを失い、食うもの着るものにも困ってる状況で同じことが言えるのだろうかねえ…。お腹が空いてるときに、食べ物じゃなくて千羽鶴差し出されてブチ切れたりしないのかしら」

といった声が多数あるのも事実だ。

J‐CASTニュースが2016年4月18日付で報じた「『千羽鶴・古着・生鮮食品は要りません』被災地が困る『ありがた迷惑』な物とは」に寄せられたコメントにも、

「千羽鶴や古着がいらないのは、5年前も同じだったねえ」

「あのときも、そう報道されていたと思うが…… 5年もすると、皆さん忘れてしまうんだね」

「千羽鶴は災害から5年も経つと処分に困るようですね。善意が込められている分、他の余剰物資のように処分しにくいみたいです」

といった声が寄せられていた。

出典:JCSTニュース

つまり、被災者にとって千羽鶴や折り鶴というのは送る手側のエゴであり、ありがた迷惑という心持ちのようです。

千羽鶴とは?

我が国でいう千羽鶴とは、長寿のシンボルでもある折り鶴を千羽折ることによって、病気快癒・長寿がかなうという迷信であり、入院している患者さんへの贈り物などとしてよく用いられているものです。

また、平和のシンボルとしても名高く、広島市への原子爆弾投下で被爆し、原爆症で死亡した佐々木禎子さんが自らの延命を祈って作ったことから、そう呼ばれているのです。

被災=復興=平和という具合で、千羽鶴を追って送るのが東日本大震災の時からの慣習となっているのだそうですが、たとえ善意であっても処分するしか他ない千羽鶴を送られること自体が避難所での負担になるという指摘が相次いでおり、被災地にとってはありがた迷惑である存在であるとしても知られています。

どのような対策をしたら良いのか?

では、どのような対策をしたら良いのでしょうか?

もちろん、千羽鶴を被災地へ送っている人のほとんどは、善意でそれを行なっているのでしょうから、なんら悪気はないのだと思われますので、鶴を折ること自体は問題ではないと思われます。

しかしながら、それを被災地に送ること自体が問題なのであって、やはり折り鶴を負っている時間や労力があったら、その分必要なものをリサーチをして支援物資を送るなどをした方がよっぽど被災者のためになるでしょう。

必要なもの・不必要なもの様々あるでしょうし、そうしたことを調べる能力も問われますから、ひとえにリサーチをすると言っても難しいのですが、もしも本気で被災地のことを思っているのであれば、そうした努力を惜しまずできるはずです。

なぜなら、千羽鶴を折る根気があるからです。

また、駒澤大学の山口浩准教授は、具体的な解決策として以下のようなことを挙げています。

・自分の家に飾っておき、復興後に送る

・被災地以外で集めて保管し、復興後に送る

・ボランティア時に持参し、持ち帰る

千羽鶴をもらって元気が出たという人よりも、多くの食料や現金、支援物資などをもらった方が元気が出るという被災者の方が多いのも現状です。

やはり、支援物資にしろ千羽鶴にしろ自分の自己満足やエゴではなくて、「送る前に被災者や被災地のこと考える」こと自体が復興への第一歩のような気がします。

また、Twitterにはこうした折り鶴なら迷惑ではないのでは?との意見も寄せられています。

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アイコン&ヘッダーまりあんぬさん(@komentozei) 「駄天するなら今しかない...」という雑記ブログを運営しています。19歳の時に社会の荒波に飲まれうつ病になりました。PS4版オーバウォッチにどハマり中!エンジョイ勢だけど勝ちにはこだわります